ウイスキー全穀物発酵研究:AGIと濾過麦汁の違いを解説
ヘリオット・ワット大学が2026年9月に公開した全穀物発酵(AGI)研究を解説。大麦・ライ麦麦芽で固形分を残す発酵と分離した麦汁の発酵を比べた範囲、評価がもろみ段階に限られ蒸留後の香味は対象外である点、製品表示を確かめる判断基準がわかります。
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2026年9月公開の「全穀物発酵」研究とは:AGIの定義と誤解しやすい点
最初に評価範囲を確認しておきます。この研究が比べたのは**発酵後のもろみ(ウォッシュ:蒸留前の発酵液)**です。蒸留したニューメイクや、樽で熟成させた製品の香味は評価していません。「全穀物発酵のウイスキーは味が良い」という話は、この論文からは導けません。
発表の概要:ヘリオット・ワット大学、2026年9月11日公開
- 発表元:ヘリオット・ワット大学(スコットランド)。査読論文として公開(同大学研究ポータルの論文ページ。正式題名、著者、掲載誌、DOIはリンク先で確認できます)
- 公開日:2026年9月11日(オンライン公開)
- 原料:大麦麦芽とライ麦麦芽。両者の配合比を変えて試験
- 規模:実験室規模と試験設備(パイロット)規模の両方
- 発酵時間:114時間を追跡し、AGIと、固形分を分離した麦汁による発酵を比較
- 評価対象:発酵後のもろみの成分と性状。蒸留後・熟成後の香味は対象外
- 前段階:同じテーマは2023年6月14日の同大学セミナーで報告済み。この時点でAGIのエタノール収率が高いとしつつ、追加研究が必要だとしていた
AGIの定義:糖化後の固形分を発酵槽に残す製法
AGIは「All Grains In」の略です(出典:ヘリオット・ワット大学、2026年9月11日公開の論文題名)。糖化(麦芽の酵素でデンプンを糖に変える工程)の後、殻や粉砕した胚乳の残渣といった不溶性の固形分を取り除かず、そのまま発酵工程に持ち込む製法を指します。スコッチのモルト蒸溜所では通常、マッシュタンやラウタータンで麦汁を固形分から分離し、液体だけをウォッシュバックへ送ります。AGIは、この分離(濾過)の工程を省くと考えると分かりやすくなります。
AGIそのものは新しい製法ではありません。原論文の要旨も、固形分を残す方式はグレーンウイスキーの製造で一般的に使われていると述べています。今回の研究が扱ったのは、大麦麦芽とライ麦麦芽の配合で仕込んだ場合のAGIです。
「全穀物」で誤解しやすい点
| よくある誤解 | 実際の意味 |
|---|---|
| あらゆる種類の穀物を使う | 穀物の種類の数とは無関係。今回の原料は大麦麦芽とライ麦麦芽の2種類のみ |
| 全粒穀物(ホールグレイン)を使う | 粒を丸ごと使うという意味ではない。糖化後の固形分を発酵に「残す」という工程上の区別 |
| 濁った麦汁で発酵することと同じ | 濁った麦汁は分離工程を経たうえで固形分がわずかに残る状態。AGIは分離そのものを行わない |
比較対象は「固形分を分離した麦汁」
論文の比較条件は「filtered」、つまり濾過して固形分を分離した麦汁による発酵です。分離後の麦汁がどの程度澄んでいたか(濁度)は要旨からは分かりません。そのため本記事では「清澄な麦汁」とは呼ばず、「固形分を分離した麦汁」と表記します。麦汁の清澄度と香味の関係は、「なぜ固形分を残すと発酵が変わるのか」の章で整理します。
日本の読者・売り手が押さえておく判断基準
- 論文は製品を紹介していない:今回の成果はもろみの比較です。店頭やバーで「AGI製法」をうたう銘柄に出会った場合は、どの工程で固形分を残したのかをメーカーの一次情報で確認するのが確実です
- ライ麦を使う試験はシングルモルト・スコッチの仕様外:区分の整理は「スコッチとジャパニーズの定義」の章で扱います
- 客への説明の言い換え:「大麦麦芽やライ麦麦芽の仕込みで、殻や固形分ごと発酵させる方式を比べた研究。結果はもろみ段階のもので、仕上がった酒の香味への効果はまだ確認されていない」と伝えると、誤解を生みにくくなります
数値で見るAGIと濾過発酵の差:アルコール度数・FAN・糖・粘度

ここで挙げる数値はすべて、大麦麦芽とライ麦麦芽の配合、実験室規模と試験設備規模、114時間の発酵という論文の試験条件のもとでの結果です。値は原論文の要旨に記載されたものです。どの規模の試験で得た値か、原論文のどの表・図に対応するかは、原文で確認してください。商業蒸溜所の歩留まりにそのまま置き換えられる値ではありません。
| 指標 | 試験の原料 | AGI | 固形分を分離した条件 | 読み方 |
|---|---|---|---|---|
| もろみのアルコール度数 | 大麦麦芽100% | 8.18% | 7.41% | 差は0.77ポイント。分離条件を基準にすると約1割高い |
| 遊離アミノ態窒素(FAN) | ライ麦麦芽100% | 182.4mg/L | 129.8mg/L | 発酵終了時に残った量。差は52.6mg/L |
| 粘度 | 論文が示した傾向 | 高い | 低い | 数値ではなく傾向として報告 |
| 残った発酵可能な糖 | 論文が示した傾向 | 少ない | 多い | 度数の差と同じ向きの結果 |
| 残存αアミラーゼ活性 | 論文が示した傾向 | 高い | 低い | 発酵中も酵素活性が残っていたことを示す測定値 |
| pH | 論文が示した傾向 | 高い | 低い | AGI側で上昇が報告された |
アルコール度数:8.18%と7.41%の差の意味
大麦麦芽100%の試験では、AGIのもろみが8.18%、固形分を分離した条件が7.41%でした。あわせて、AGIのもろみには発酵可能な糖があまり残っていませんでした。言えるのは「AGI条件では最終的なもろみの度数が高く、残糖が少なかった」という結果までです。もろみの度数は濃度であり、糖からアルコールへの変換効率を直接示す値ではありません。
度数差には、少なくとも2つの要因が関わりえます。①一般的な濾過工程では、スパージ(散水して残糖を洗い出す工程)の水でウォート(麦汁)が薄まり、ドラフ(搾りかす)にも抽出物が残ります。AGIにはこの工程がないため、初期比重(OG)が高くなる可能性があります。②発酵中も糖化が続きます。両者は、論文の初期比重と最終比重(OG/FG)、投入した原料量、液量をそろえた比較でなければ区別できません。試験の分離条件でスパージをどう扱ったかも、原論文で確認が必要です。発酵中の糖化に関わる仕組みは、「なぜ固形分を残すと発酵が変わるのか」の章で整理します。
このため、収率はLPA/t(原料1トンあたりの純アルコールのリットル数)で比べる必要があります。もろみの度数が約1割高くても、ただちに収率が1割上がるとは言えません。効率を論じるには、原料重量あたりの純アルコール量、回収した液量、初期と最終のエキスを併記した比較が必要です。
FAN:ライ麦麦芽100%で182.4mg/L対129.8mg/L
FANは遊離アミノ態窒素の略で、酵母が栄養として使う窒素成分です。ライ麦麦芽100%の試験では、発酵を終えた時点でAGIのほうが52.6mg/L多く残っていました。これは発酵終了時の残存量です。仕込み時のFANと比べなければ、固形分から供給された量が多かったのか、酵母による取り込みが少なかったのかは判別できません。FANは酵母の代謝を通じて高級アルコールなどの香気成分にも関わる値ですが、この残存量の差が香気に与える影響は未検証です。
粘度:数値に表れにくい実務上の負担
AGIのもろみは固形分を分離した条件より粘度が高くなりました。固形分を含む粘りの強いもろみは、移送、熱交換、蒸留器の加熱面への焦げ付き対策といった設備面の課題につながります。モルト蒸溜所の多くは、固形分を分離したウォッシュをポットスチルで蒸留する前提で設備を組んでいます。そのため、度数の差だけでは導入の判断はできません。
固形分ごと発酵・蒸留する例として米国のバーボン蒸溜所がよく挙がりますが、前提が3点で異なります。①未麦芽のコーンなどを高温で蒸煮して糊化させてから糖化する。②固形分を含むもろみを、連続式のビアスチルで処理する設備を前提にしている。③サワーマッシュ(前回の蒸留残液を戻す方法)が一般的である。論文は、煮沸しないモルトウイスキー型の麦汁で、大麦麦芽とライ麦麦芽だけを使って比べています。そのため、バーボンの香味や収率をAGIの研究結果として説明することはできません。
ライ麦麦芽の配合が高い仕込みと「収率向上の可能性」
著者らは、ライ麦麦芽の割合が高い仕込みで、AGIによって収率が上がる可能性を示しました。これは可能性の提示であり、結論ではありません。配合ごとの細かな値は、ここで挙げた範囲以外には示していません。
数値を客や取引先に伝えるときの判断基準
- 度数を伝えるとき:「大麦麦芽100%の試験で、もろみが8.18%対7.41%」と原料と段階を必ず添える。「AGIのウイスキーは度数が高い」とは言わない
- FANを伝えるとき:ライ麦麦芽100%の試験で発酵終了時に残った量であり、香気への影響は未検証と添える
- 粘度と残糖:数値ではなく、論文が示した傾向として伝える
- 収率:著者らの表現どおり「可能性」と伝え、商業生産での効果は未確認と補足する
- 店頭やバーでの説明:個々の銘柄の発酵方式は、メーカーの案内で確認してから伝える
なぜ固形分を残すと発酵が変わるのか:濾過麦汁の意味とライ麦の扱いにくさ
ここでは、麦汁の清澄度と香味に関する一般的な知見とAGI研究の結果を、混同しないように分けて整理します。そのうえで、固形分が発酵に何をもたらしうるのか、そしてライ麦がなぜ扱いにくいのかを考えます。
清澄麦汁と濁った麦汁:研究とは別の一般的な知見
酒類総合研究所は、清澄な麦汁からは軽くフルーティーな原酒ができやすく、濁った麦汁からは穀物様の味わいの原酒になると説明しています。背景にあるのは脂質です。濁った麦汁に含まれる固形分由来の脂質(不飽和脂肪酸)は、酵母の増殖を助ける一方で、酢酸エステル類の生成を抑える方向に働きます。清澄な麦汁ではこの抑制が弱く、エステル由来のフルーティーさが出やすくなります。
これは日本の製造現場で共有されている一般的な知見です。ヘリオット・ワット大学の論文が導いた結論ではありません。固形分を分離しないAGIでは、理屈の上ではこの影響が強まる方向が考えられます。しかし論文は脂質量も香味も測定しておらず、試験条件の麦汁の濁度も要旨からは分かりません。この研究の結果から香味の方向を予測することはできず、「AGIなら穀物様の香味が強まる」という説明は推測にとどまります。
固形分は発酵中の「供給源」になりうる
モルトウイスキーの麦汁は通常煮沸しないため、αアミラーゼや限界デキストリナーゼなどの麦芽由来の酵素が失活せずに発酵槽へ入ります。そのため、固形分を分離した麦汁でも、残存酵素によってデキストリンの分解は発酵中に続きます(二次糖化)。スコッチのウォッシュがビールより深く発酵しきるのはこのためです。AGIでは、これに加えて、固形分に残ったデンプンや抽出物が発酵中に溶け出す余地があります。
ここで、測定された事実と仮説を分けておきます。
- 論文が測定した事実:AGIのもろみでは、残存αアミラーゼ活性が高く、pHも高かった。発酵可能な糖の残りは少なく、発酵終了時のFANは多く残っていた(ライ麦麦芽100%の試験)
- 仮説:固形分から追加の糖やアミノ酸が発酵中に供給された
酵素活性が残っていたことは、発酵中の糖化が続きやすい条件だったことと整合します。ただし、pHの違いが酵素活性や微生物環境にどう効いたかは、要旨からは切り分けられません。FANの残存量も、供給の増加と酵母の取り込みの減少のどちらでも説明できます。固形分からの溶出が続いたことを論文が測定して証明したわけではありません。客に説明するときは「結果はその仮説と矛盾しない」までにとどめるのが正確です。
乳酸菌:煮沸しない麦汁という前提
酒類総合研究所によると、ウイスキーの麦汁は通常煮沸殺菌しないため、麦芽や発酵槽に由来する乳酸菌が存在します。固形分を残すかどうかは、こうした微生物環境の前提にも関わります。ただし、乳酸菌の挙動がAGIでどう変わったかは、ここで扱う数値からは読み取れません。
ライ麦が扱いにくい理由とAGIの位置づけ
ライ麦は、アラビノキシラン(ペントサン)などの粘性のある非デンプン性多糖を多く含みます。水溶性のアラビノキシランは麦汁の粘度を高め、液の分離を妨げます。さらにライ麦は殻をほとんど持たない穀物です。そのため、マッシュタンで濾過層(グレインベッド)ができにくくなります。その結果、ランオフ(麦汁の流出)が滞り、ドラフに抽出物が残りやすくなります。
濾過そのものを省くAGIは、ドラフに残っていた抽出物をもろみ側に取り込む発想です。著者らがライ麦麦芽の割合が高い仕込みでAGIによる収率向上の可能性を示したのは、こうした背景で読むと位置づけが分かります。一方で、論文はAGIのもろみの粘度が高かったことも報告しています。粘度と固形分は消えるのではなく、発酵・移送・蒸留の側に持ち越されます。導入を判断するには、回収できた抽出物によるLPA/tの増分と、移送・熱交換・蒸留・洗浄にかかる設備上の負担を、同じ仕込み条件で比べる必要があります。
モルト蒸溜所が固形分を分離した麦汁を選ぶ判断基準
| 判断基準 | 分離した麦汁を選ぶ理由 | AGIを検討する場合の論点 |
|---|---|---|
| 香味の方向性 | 清澄な麦汁ほど軽くフルーティーな原酒を狙いやすい(上の節の知見) | 論文では未検証。試験条件の濁度も不明なため、方向は予測しない |
| もろみの扱いやすさ | 固形分が少なく、粘度が低い | 粘度が高く、移送や加熱の条件を見直す必要がある |
| 原料 | 大麦麦芽100%なら濾過の負担が比較的小さい | ライ麦の配合が高いほど利点が出る可能性 |
| 法的な枠 | シングルモルト・スコッチは大麦麦芽のみ | 区分は「スコッチとジャパニーズの定義」の章を参照 |
発酵の差は、製品の香味まで残るのか
この研究では確認されていません。もろみの成分差は、蒸留でどの成分を留出させ、ミドルカット(製品にする中留部分)をどこで切るかによって大きく選別されます。その後の樽熟成でも香味は変わります。したがって、論文の結果から製品の香味差を語ることはできません。
市販品の飲み比べでは、発酵方式の差は判断できません。銘柄が変われば、原料配合、蒸留方式、樽、熟成が同時に変わるためです。製法差を判断するには、同一原料・同一蒸留条件で、固形分の分離の有無だけを変えた試料が必要です。
スコッチとジャパニーズの定義から見る、AGIを使える範囲

売り場やバーで「この製法の酒はどの区分で出せるのか」と聞かれたときは、原料と工程の場所を定めた各国の定義と照らし合わせるのが確実です。スコッチはスコッチウイスキー規則(SWR 2009)とスコッチウイスキー協会の案内、ジャパニーズは日本洋酒酒造組合の表示基準が基準になります。
シングルモルト・スコッチ:大麦麦芽だけ
スコッチウイスキー協会によると、シングルモルト・スコッチウイスキーに使える穀物は大麦麦芽だけです。そのため、論文のライ麦麦芽100%試験も、大麦麦芽とライ麦麦芽の配合試験も、シングルモルトの製品仕様にはなりません。論文の中でシングルモルトの原料条件と重なるのは、大麦麦芽100%の試験だけです。SWR 2009では、シングルモルトは単一蒸溜所でポットスチルによるバッチ蒸留を行うことも定めています。AGIのもろみは粘度が高いため、もし大麦麦芽100%でAGIを採用するとしても、ポットスチルの直火・蒸気加熱での焦げ付きや移送が実務上の論点になります。
シングルグレーン・スコッチ:配合研究が関わりうる区分
スコッチウイスキー協会によると、シングルグレーン・スコッチウイスキーには、大麦麦芽に加えて、ほかの穀物を麦芽化の有無を問わず使えます。したがって、大麦麦芽とライ麦麦芽の配合研究は、この区分に関わる余地があります。一方で、ライ麦麦芽100%の仕込みには大麦麦芽が含まれていません。そのため、シングルグレーンの原料条件にも当てはまらない点に注意が必要です。著者らが収率向上の可能性を示した「ライ麦麦芽の割合が高い仕込み」も、スコッチとして出す場合は大麦麦芽を残した配合が前提になります。
ジャパニーズウイスキー表示基準:原料・場所・貯蔵の要件
日本洋酒酒造組合の「ジャパニーズウイスキー」表示基準は、法的拘束力のない業界の自主基準です。原材料は麦芽、穀類、国内で採水した水に限られ、麦芽の使用が必須です。基準は麦芽を大麦に限定していないため、ライ麦麦芽100%の仕込みでも原材料面の「麦芽」要件は満たしえます。ただし、表示にはほかの要件も必要です。糖化・発酵・蒸留は国内の蒸留所で行い、貯蔵は700L以下の木製樽で国内において3年以上、瓶詰も国内で行い、瓶詰時のアルコール分は40度以上と定められています。従来の表示を認める経過措置は2024年3月31日で終了しました。組合の自主基準では、要件を満たす製品に限って「ジャパニーズウイスキー」と表示できます。個別の製品が要件を満たしているかは、メーカーの公表情報で確認してください。
| 区分 | 使える穀物 | ライ麦麦芽100% | 大麦麦芽+ライ麦麦芽 | 工程・貯蔵の主な要件 |
|---|---|---|---|---|
| シングルモルト・スコッチ | 大麦麦芽のみ | 不可 | 不可 | 単一蒸溜所、ポットスチルによるバッチ蒸留 |
| シングルグレーン・スコッチ | 大麦麦芽+ほかの穀物(麦芽化の有無を問わない) | 不可(大麦麦芽がない) | 原料面では対象になりうる | 単一蒸溜所 |
| ジャパニーズウイスキー(業界の自主基準) | 麦芽(必須、大麦に限定しない)・穀類・国内採水の水 | 原料面では対象になりうる。ほかの製造・貯蔵・瓶詰要件は別途必要 | 原料面では対象になりうる | 糖化・発酵・蒸留は国内、700L以下の木製樽で国内3年以上貯蔵、国内で瓶詰(40度以上) |
発酵時に固形分を残すことは規定されているか
これらの基準は、原料の種類と工程を行う場所を定めるものです。確認できた範囲では、発酵時に固形分を残すかどうか、つまり濾過麦汁かAGIかを規定する記述は見当たりませんでした。ただし、規定がないことは「どの区分でも自由に採用できる」ことを意味しません。SWR 2009は、スコッチの糖化を穀物自身の酵素だけで行い、発酵は酵母の添加だけで行うよう定めています。AGIを採用する場合も、この条件の内側で設計する必要があります。
店頭・カウンターでの説明の判断基準
- 「AGIのシングルモルト」と聞いたとき:原料が大麦麦芽100%かを確認する。ライ麦配合ならシングルモルト・スコッチではない
- ライ麦配合のスコッチと聞いたとき:大麦麦芽が含まれているか、シングルグレーン表示かをラベルで確認する
- 国産でライ麦を使う銘柄:「ジャパニーズウイスキー」の表示を手がかりに、製造者の基準適合の表明や公式の商品情報を確認する。基準は業界の自主基準であり、表示だけで適合を保証するものではない。発酵方式もメーカーの案内で別途確認する
- 客への一言:「どの区分も原料と場所を決めているが、固形分ごと発酵させるかどうかまでは定めていない」
日本の読者にとっての意味:発売・価格への影響と、製法差を学べる銘柄
2026年10月8日時点で、今回の論文の試験条件を採用した製品の発売予定は確認できません。今回の成果は、ヘリオット・ワット大学による発酵段階の研究発表です。一方、AGI製法そのものは既に商業製品で使われています。グレーンウイスキーの製造で一般的なほか、アイルランドのアーダラ蒸溜所は「all grain in」製法のシングルモルト・アイリッシュウイスキーを2025年に発売し、第2版の発売も発表しています(アーダラ蒸溜所の発表)。日本での取り扱いは、輸入元の案内で確認してください。「全穀物発酵のウイスキーが日本に入ってくる」という話を見かけた場合も、メーカーや輸入元の一次発表があるかをまず確認してください。
価格への影響:発表は確認できず、推測もしない
価格への影響について、メーカーや輸入元からの発表は2026年10月8日時点で確認できません。著者らはライ麦麦芽の割合が高い仕込みで収率向上の可能性を示しましたが、これは研究者の見解にとどまります。小売価格は原料や蒸留の効率だけで決まるものではありません。熟成年数分の在庫負担、樽の調達、為替、酒税、流通の取り分も重なります。もろみの度数差はそのまま収率差になるわけでもありません。「AGIが広まればライ・ウイスキーが安くなる」とは言えない、と伝えるのが正確です。
製法差を学ぶ材料になる、日本で入手しやすい銘柄
AGI製法の製品を飲んでも、それだけでは製法の効果は分かりません。製法差を判断するには、同一原料・同一蒸留条件で、固形分の分離の有無だけを変えた試料が必要です。以下の銘柄は、発酵方式の差を学ぶ教材ではありません。原料やカテゴリの違いを知るための例です。
| 銘柄 | カテゴリ | 学べる観点 | 発酵方式・マッシュビル | 参考価格 |
|---|---|---|---|---|
| ウッドフォードリザーブ ライ | アメリカン・ライ・ウイスキー | ライ麦主体の原料。米国の規定ではライ麦を51%以上使う | メーカー公表のマッシュビルはライ麦53%で、論文のライ麦麦芽100%とは条件が異なる。米国では穀物ごと発酵させるのが一般的だが、銘柄ごとの詳細は公式案内で確認 | — |
| イチローズモルト モルト&グレーン クラシカルエディション | モルトとグレーンのブレンデッド | モルト原酒とグレーン原酒の組み合わせ | 構成原酒の発酵方式・穀物比率は銘柄単位では公表されていない | 5,380円前後(2026年10月10日時点) |
| キリン 富士山麓 シグニチャーブレンド | モルトとグレーンのブレンデッド | 同一メーカー内でモルトとグレーンを造り分ける構成 | 構成原酒の発酵方式・穀物比率は銘柄単位では公表されていない | 3,850円前後(2026年10月10日時点) |
選び方は目的で分けられます。ライ麦という原料やアメリカン・ライというカテゴリの個性を知りたい場合は、ウッドフォードリザーブ ライが例になります。ただし、シングルモルトと並べても、原料配合、蒸留方式、樽、熟成が同時に変わるため、AGIや麦汁の分離の有無を学ぶ比較にはなりません。グレーン原酒がブレンドで果たす役割を知りたい場合は、イチローズモルト モルト&グレーン クラシカルエディションかキリン 富士山麓 シグニチャーブレンドを、同じメーカーのモルト主体の銘柄と比べます。
比べるときは、注ぐ量と度数の条件をそろえます。まず同じ量を注ぎ、無加水で比べます。次に、各銘柄の瓶詰度数に応じて水の量を変え、同程度の度数にそろえて比べます。加える水の量は「注いだ量×(瓶詰度数÷目標度数−1)」で求められます。たとえば20mLを目標20%にする場合、40%の銘柄なら水20mL、46%の銘柄なら水26mLです。瓶詰度数が違う銘柄を同じ1:1で割ると、最終度数はそろいません。ただし、度数をそろえても、原料・樽・蒸留の差は切り分けられません。
酒販店・バーで客に説明するときの要点
- 発売:「今回の論文の試験条件による製品の発売は確認できない。AGI製法自体は、グレーンウイスキーやアイルランドのシングルモルトで既に使われている」
- 価格:「価格への影響は発表されていない。収率の話は研究者の見解」
- 比較の範囲:「研究が比較したのはもろみであり、瓶の中の風味の違いはまだ分かっていない」
- 銘柄の扱い:紹介する銘柄は原料やカテゴリの違いを知る例で、発酵方式の差を示すものではないと添える
- 製法の詳細:発酵方式やマッシュビルはメーカー公表の範囲で答え、未公表なら「公表されていない」と伝える
とくに3つ目の一文は、ライ・ウイスキーを勧める流れで「新しい発酵法の味」と受け取られるのを防ぎます。客に説明するときは、この一文を省かないことが大切です。
よくある疑問:全穀物発酵のウイスキーはおいしいのか、今後増えるのか

本文で扱っていない実務上の疑問に、確認できた事実の範囲で答えます。
全穀物発酵のほうがおいしいのか
**現時点では分かりません。**論文が比較したのはもろみまでで、ニューメイクの官能評価も、熟成後の製品比較も行われていません。度数が高いことは香味の良し悪しとは別の指標です。
ニューメイクで比較するなら、何をそろえるべきか
同じ蒸留器、同じカットポイント、評価時の度数の3点です。蒸留器の形状や還流の条件が違えば、もろみの差より蒸留の差が大きく出ます。カットポイントが違えば、どの成分を製品側に取り込むかが変わります。ニューメイクは20%前後に加水して嗅ぐことが多く、両者を同じ度数にそろえてノージングとパレットで比べます。熟成後の差まで見るなら、樽の種類と履歴(ファーストフィル/リフィル)、貯蔵環境もそろえる必要があります。
よくある質問
論文の原文を確認したいときは、どう探せばよいですか
ヘリオット・ワット大学研究ポータルの論文ページから確認できます。正式題名、著者、掲載誌、DOIもこのページに掲載されています。数値を引用するときは、原料の配合と試験規模を原文で確かめてください。
AGIのもろみは、蒸留前に固形分を分離するのですか
方法は2つあります。発酵後に遠心分離などで固形分を分け、液だけを蒸留する方法と、固形分を含んだまま蒸留する方法です。発酵中に固形分が残っていれば、蒸留前に分離してもAGIの発酵条件は変わりません。固形分ごと蒸留する場合は、加熱面への焦げ付きや移送に対応した設備が必要になります。論文が評価したのはもろみまでで、どちらの方法で蒸留した場合の結果も示していません。
論文のライ麦はライ麦麦芽ですが、麦芽化していないライ麦を使う仕込みにも結果は当てはまりますか
そのまま当てはめることはできません。論文が使ったのは麦芽化したライ麦麦芽で、糖化に働く酵素を原料自身が持つ条件です。シングルグレーン・スコッチでは麦芽化していない穀物も使えますが、未発芽の穀物を配合した仕込みでのAGIの結果は示されていません。ラベルの「ライ麦」がどちらを指すのかも区別して説明してください。
出典・参考にした情報
- researchportal.hw.ac.uk(確認日 2026-10-08)
- projects.eps.hw.ac.uk(確認日 2026-10-08)
- 酒類総合研究所(確認日 2026-10-08)
- スコッチウイスキー協会(確認日 2026-10-08)
- 日本洋酒酒造組合(確認日 2026-10-08)
この記事で紹介した銘柄
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