ウイスキー夢追い人:竹鶴政孝とリタ【BUSHOO!JAPAN】

時は大正時代、日本のウイスキー市場は模造品が主流でした。摂津酒造の社長・阿部喜兵衛は、1918年に若き竹鶴政孝にスコットランドでのウイスキー製造技術の習得を提案。これが、日本のウイスキー製造の歴史の始まりとなりました。竹鶴政孝は、後の朝ドラ「マッサン」の主人公としても知られる人物です。

竹鶴は広島の「竹鶴酒造」の三男として生まれ、父・竹鶴敬次郎から酒造りの技術や情熱を学びました。彼は学業も優秀で、大阪高等工業学校を卒業。摂津酒造での実績を経て、スコットランドへの留学を果たします。しかし、グラスゴー大学ではウイスキー製造の専門講座がなく、竹鶴は実地での学びを求めて蒸留所を訪ね歩きました。結果、ホワイトホース社のヘーゼルバーン蒸留所で見習いとしての経験を積むことができました。

スコットランド滞在中、竹鶴はリタという女性と出会います。リタはスコットランドの医師の家庭に生まれた女性で、竹鶴とは2歳の年齢差がありました。二人は次第に親しくなり、1919年のクリスマスには運命的な出来事が。クリスマスプディングの中から、竹鶴は銀貨、リタは指ぬきを見つけるという伝統に従い、二人は結婚を決意。1920年にスコットランドで結婚式を挙げました。しかし、この結婚は竹鶴の家族や周囲からの反対を受けることとなりました。

この後、竹鶴は日本に帰国し、ウイスキー製造の夢を追い続けることとなります。リタとの結婚やスコットランドでの経験は、彼のウイスキー製造への情熱をさらに燃え上がらせる要因となったのです。

2023年8月28日(月)「BUSHOO!JAPAN」
ウィスキー作りに命を賭けた竹鶴政孝(マッサン)とリタ 史実の二人
https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2023/08/28/113537/3

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